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久し振りにオキーフに触れたので、家にあった古いオキーフの画集を引っ張り出す。これは、ずっと昔、亡くなった祖母がアメリカ旅行で買ってきたものだ。この時オキーフはまだ生きていて、祖母は小学生か中学生だった私に絵を見せながら、「すごいでしょ、この人、もう100才すぎてるのよ」とひどく感激した様子で話してくれた。でも、100才すぎたおばあさんが、このような絵を描くということを、当時の私はうまく納得することができず、むしろ理解しがたいことだった。決して現代美術に興味のある人ではなかったけれど、祖母にとってオキーフとの出会いは何か非常にリアルに胸打たれる体験であったのだろう。だから、こんな大判の画集を抱えて帰ってきたのだ。そしてその体験が、30年近く経って再び、今の私をこの本に導いてくれた。
この本にはオキーフのことばや文章がたくさん収められていて、どれも素敵なのだ。これらの文章を、しっとりした深みのある日本語に置き換えてくれる、もっともふさわしい翻訳家は誰か、頭のなかで探してみる。でも、いい人が思い浮かばないので、自分で訳して、しばらく遊んだ。
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