■2003.8.29

「沖縄女性史」(平凡社ライブラリー)。古代琉球からの沖縄の女性史をたどる史論集。エッセイ風のものも含まれているとはいえ、立派な論文集なのだが、このような学術書からはあまり味わうことのない感動があった。本の紹介文によると、著者の伊波普猷(いなみふゆう)は「沖縄学の父」と呼ばれる存在だというが、ページの端々からその大きな野太い精神が伝わってくる。「沖縄の」「女性」というところから、何重にも拘束され、おとしめられた悲惨な存在をイメージしたのだが、著者は、どんな状況にあっても、のびやかに生命のリズムにのって生きる女性たちの姿を描く。そして、そんな女性たちの姿に眼差しを注ぐ、著者自身の何ともあたたかい心のありようが、こちらにずんずんと伝わってくるのだ。学問というものは、内に希望を宿してこそ意味があるのだ、という気がした。
■2003.8.27

突然、天から降ってきたような感じで本屋に並んでいた「山崎方代歌集 こんなもんじゃ」(文藝春秋)。山崎方代の歌はちゃんと読んだことなかったんだけれど、すごい人だなと思った。ただ「いる」ということを実践するのは、七転八倒のつらさだから。
本の作り方も、「短歌なんだぞ」というこけおどしがなくて、のびやかで、親しみやすくつくっている。
■2003.8.20

小学生の女の子に「この本を読まなかったら、絶対一生の損になるから」と、推薦された。そう言われたからには、読まずに済ますわけにはいかない。
「ミリー」(ほるぷ出版)は150年ぶりに発見されたことで話題を呼んだという一篇のグリム童話にセンダックが絵をつけたもの。何しろセンダックの絵が素晴らしい。まるで宗教画のように思われた。私には、センダックはここに収められた絵で自分の信仰を表出させているのだと思われてならない。どの絵をとっても、葉の一枚一枚にいたるまで、すべてが神であり、神の創った世界なのだと感じる。
 私に推薦してくれた女の子が感激したのは、きっと、いつまでも子どもとの再会を待ち続ける母親の姿であり、長い年月の末の再会のあと間もなく抱き合ったまま死んだ、親子の永遠の愛についてであろう。そう、永遠であるということの前に死は関係ないということは、9才の子でもちゃんと知っているのだった。
■2003.8.17

クロスに箔押しの装幀がかなりおしゃれで、ひねくれ者の私は、こういうおしゃれさにたいしては必要以上に警戒してしまうのだが、この本「Brancot ぶらんこ」(スカイフィッシュグラフィクス)は、そんな私の警戒心を一瞬にしてほどいてくれた。
縦長の本を縦に開くのだけれど、縦長のページの広がりやページをめくる手の運動が、ぶらんこに乗ったときの感じとぴったりと一致して、お見事。ぶらんこが大きく揺れるたびに、視点が上がったり下がったり、景色が近づいたり遠のいたり、ひっくり返ったり戻ったりする感じが、ほんとに、よく出ている。