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■2004.5.30
カフカほど、次々に新しい読者を増やし続けている作家はいないような気がする。ネットでカフカを読んだ人の言葉に触れることも多いけれど、みんなそれぞれの言葉でヴィヴィッドにカフカを語っている。いつまでも古典に成り下がらないカフカは、不思議な作家だ。
池内紀の「カフカ本」たちは、本屋さんに行くたびに、心を惹かれるのだが、今日はこちらを買ってしまった。「カフカのプラハ」(水声社)。プラハでカフカゆかりの場所をめぐる、ガイドブック。写真や地図とカフカの文章の引用が、とてもうまく組み合わされ、きれいに配置されていて、素敵な本だった。
カフカは散歩が大好きで、町の中をぐるぐるまわりながら構想を練って、夜に頭の中にあるそれを一気に書きつけたのだという。私のこれからの人生で実際にプラハへ行くことになる可能性はごくわずかだと思う。でも、プラハで生まれたカフカの小説を、いつでも読むことができる。こういうのって本当に不思議だと思うのだが、この不思議さを人に伝えるのがなかなか難しい。 |
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■2004.5.7
スポーツにはほとんど疎い、というか、野球をやったら絶対三塁へ向かって走るだろうし、サッカーをやったら自分側のゴールめがけてシュートするようなタイプの人間だ。だから、「スポーツ批評宣言」というタイトルの本を手にとることは、たとえ「あるいは運動の擁護」というサブタイトルがついていても、ちょっとためらいを感じる。人が貸してくれなかったら、読まなかったかもしれない。
でもね、今回はちょっと特別な読書体験だった。本の後半には、80年代に書かれたプロ野球批評が載っていたのだが、それはまるで、生まれ育った町を何十年ぶりかで訪ねるような体験だったのだ。とっくに忘れていると自分で思いこんでいたし、ましてや、記憶を頭の中で反すうしたこともない。けれど、体は覚えているのだ。どちらの道を行けば公園があるのか、坂道があるのか、次の角を曲がったらそこにどんな風景が広がっているのかを。体の奥深くに残っていた記憶がしっかりと私の足を動かし、足は確信に満ちて大股で進んでいった。私は足の運動に従うだけだった。
確かに私はかつて、それらの文章を当時読んだし、草野進の本も持っていた。その頃興奮しながら読んだ何十冊の本の中の一冊だった。けれど、特に強い影響を受けたという自覚はなかった。頭脳や意識とは無関係に、文字通り体に刻まれる読書というものがあるのだ。この本でそのことを知った。 |
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■2004.5.6
講談社文芸文庫は、ふと衝動買いすることが意外と多い。文庫にしては上品な装幀についつい誘われて、ついつい2、3冊まとめてレジに持っていき、値段の高さにうろたえることも少なくない。もちろん、そうやって買って満足することも、がっかりすることもあるのだが、この竹西寛子の「兵隊宿」は、出会えてよかったと思える一冊だった。
竹西寛子は、教養ある人にとっては、当然押さえておくべき作家なのかもしれないが、私にとっては、名前に聞き覚えがある、という程度だった。「日本が戦争への道を歩き始めたころ、ある小さな島を舞台に、そこに暮らす少年を通して、人々の生きる姿を描く短編連作」と、こう書くと、いかにもありきたりだが、ひとつひとつがじんわりと心にしみてくるような短編だった。島の自然はくっきりと鮮やかで、それでいて底知れぬ奥深さを漂わせている。人々の生は切なく、哀しみの色に染まった温かい心を宿している。文章はすみずみまで心が行き届いていて、でも重苦しくはなく、ていねいに彫られた彫刻のような小説集だった。 |
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■2004.5.1
雑誌「SUMUS」から出されている「スムース文庫」の最新刊、「一読書人の日記 1935-84」を買う。ごく簡易な作りなのだが、とってもユニーク一冊である。
これは、阪神大震災のときに、被災した家から出された雑多な「ごみ」のなかから拾い出された日記である。書き手不明のまま、6冊あったものを整理して一冊にまとめられ、出版されたのだ。日記の書き手は大正3年生まれで、とすると、まだ存命の可能性もないわけではなく、一瞬「いいのかな?」と思うのだが、読み始めると、なかなかおもしろくって、出版せずにはいられなかった気持ちがよくわかる。読書と古書蒐集に熱中していく書き手の、のめりこむ感じが、細部から伝わってくるのである。私は古書の価値などをまったく知らないのだが、事情通が読めば、もっともっと深い楽しみがあるだろう。 |
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