■2005.6.24

日本にいて本を読んだり絵を見たりしているのなら、一度はちゃんと勉強せねばと思っている人がふたりいて、ひとりは本居宣長、そして、もうひとりは岡倉天心。もう10年以上もそんなことを思っていて、実際は、何にもしないのだが。あちらこちら拾い読みすればするほど、この強烈な個性の怪人たちのことを、もっと知りたくなってしまう。
この「岡倉天心」(平凡社)は、ワタリウムで行われていた展覧会を中心とした一連のプロジェクトの総括本らしい。図版がたくさんなので、雰囲気を感じ取ることができる。厚さや値段のわりに文章が少ないのが、ちょっとさびしいけど、巻頭の磯崎新の「五浦六角堂」という文章はおもしろかった。
この本を読む前に、「荘子」をパラパラとめくって楽しんでいたのだが、晩年は釣り三昧という荘子と天心が、重なってみえてくる。天心は180センチ以上もある大男だったそうだが、荘子はどうだったのだろうか。
■2005.6.20

「古本道場」(ポプラ社)。小説家の角田光代が、岡崎武志の古本道場に弟子入りし、師匠の指令に従って東京のいろんなタイプの古本屋めぐりをする本。いろんなタイプの古本屋をめぐって古本と出会って行くのだけど、古本をどう楽しむかが、きちんと的確に伝わってくる。角田光代は古本屋めぐりなんてしたことないと言いながら、さすが、いい嗅覚を持っていて優秀な弟子であったことが、この本の最大の幸福でしょう。
私がいちばん気に入ったのは、本の価値というものは、その人の生きてきた物語のなかでそれぞれに決められていくという考え方が、この本のなかにきちんとあったこと。一冊の本は、マスメディアでもあり、でも同時に、パーソナルなストーリーでもある、というのは、私が本を好きな理由のひとつだから。
■2005.6.15

「ぼくがつ ぼくにち ぼくようび」(平凡社)。絵本作家の新井良二の本。ページを開いて、左側に言葉、右側に絵。絵よりも、散文詩のような、歌の文句のような文章にひとめ惚れして買ってしまった。心の中に積もっている小さな印象のかけらを拾い集めるような言葉たちは、基本的には、こころよいことばかりを描いているんだけれど、その後ろ側で、生きていくこと自体が抱えてしまっているような、困惑や戸惑いや、どうしようもなさが、かすかなため息をついているのも感じる。そのため息が、この本に登場する、ささやかな幸せの輪郭をはっきりと縁取っている。
今日のこの日は、ぼくがつ、ぼくにち、ぼくようび。あしたもきっと、ぼくがつ、ぼくにち、ぼくようび。風が答を運んでくれると、私に教えてくれました。ありがとう。
■2005.6.11

「「好き」をシゴトにした人」(主婦と生活社)。いろんなユニークな商売をしている人たちへのインタビューと写真。雑誌か何かの連載だったみたいで、そういう軽さのある本だけれど、まとめかたもうまく、ポートレイトも意外と悪くなくって、おもしろかった。「これ、やってみよう」と思いついて、それをすっと実行できる(もちろん、経済的な苦労などはあるだろうけれど)人たちの清々しさがいいよね。
■2005.6.10

草森紳一「荷風の永代橋」(青土社)。5センチ以上はあろうかという背に、井上洋介の字で、タイトルが大きく書いてある。厚さにちょっとたじろぐけれど、リズミカルな文章にのって読むと、楽しい語りを聞いているようで、ぜんぜん苦ではない。
著者は、長年永代橋の近くに住んでいるのだという。荷風は、橋近くの中州病院によく通っていて、「断腸亭日乗」のあちらこちらに登場する。でも、かと言って、永代橋の存在が荷風文学における何か決定的な意味を持つのかと言えば、そういうわけではなく、草森も、そういうことにはあまり興味がなくって、ただ、そこをきっかけにイメージ(草森は「妄想」と呼ぶ)がふくらんでいった、ということが大切なのである。他の人ならば数ページで述べてしまうであろうことがらを、900ページにまで引き延ばしたのは、草森紳一自身の有りようなのだ。だからこの本の主旋律は、荷風というよりも草森なのだ。
草森は、「断腸亭日乗」が堂々たる小説になっているのは、荷風が自らを「小説化」して生きたからだと言う。荷風が凄いのは、そういう小説化された日常を日記という形で具体化した手腕なのだと言う。すべての小説家は自分を小説化して生きているのだし、また、この世に生きるすべての人も、みな同様だとも言う。確かにそうかもしれない。でも、それをいちばん忠実に実行しているのは、草森さん、あなた自身ですよね、とも言いたくなる。
この前読んだ、「死の棘日記」を思い出す。色合いはずいぶん違うが、でも、実際の人生と日記の上での人生が、微妙にずれたり重なったり交わったりする感じは、結局同質のもの、とも思える。
■2005.6.4

竹内てるよ「霜の来る朝」。壊れかかった、薄い本。古本市で300円だったので何気なく買った。昭和21年に出た散文集である。
竹内てるよのことは、詳しく知らないけれど、でも、この本を買ってよかったと思う(何度も読み返しているうちに、いよいよ崩れてきたが)。日々の思い、と呼ぶには、あまりにもストレートで重たい決意が書かれている。エッセイ集や生き方論みたいな本が毎日毎日出されているけれど、こういうふうにものを言える人は少ないと思う。言葉ひとつひとつは、優しげに皮膚の表面をなでていくためにではなく、どすんどすんとお腹に落っこちるためにある。それは、彼女が病弱で苦労の多い人生を歩んできたからではなくって、ものごとすべてを真正面から受け取るという努力を続けてきたからだ。いや、ちょっと違うかも。彼女は、決意することなしには、1歩も前に踏み出すことのできない性分なのかもしれない。こちらの方向に向かって歩いていくぞ、と確認しながらでないと生きていけない不器用な人なのかもしれない。それは、なだめすかすことのできないエゴの持ち主であることの証明でもある。でも、もちろん、私は、許す。
「私は、自分では人生に、大きく、つよくなれると思っています。楯の不要になったとき、人は、はじめてほんとうの勇気を持つのでしょう。それまでのしばらくのあいだ、どんなに私が、みじめであっても、これは誰のせいでもありません。今夜、こんなに美しい、むさしのの月の光のせいでしょう。あなたのご健在を、そして、すべての人々に、よい人生を」。
■2005.6.1

「死の棘日記」(新潮社)。小説「死の棘」にあたる1年余の、島尾敏雄の実際の日記。ほとんど1日も欠かさず、多い日は数十行にわたって日記をつけているのだけれど、この本のいちばん最初の9月30日には「この晩より蚊帳つらぬ」と1行だけあって、翌10月1日、2日と空白になっている。意味深。ちょっとホラー。そういえば……と、「死の棘」を引っ張り出して見れば、最初の1行は、「私たちはその晩からかやをつるのをやめた」だった。
「大変だなあ」とため息をついたり、あまりに痛々しくて直視できない気持ちになったりしながら読んだ。でも、次の日、次の日というふうに、ずっと読み続けていたいとも思った。小説を読んだときに感じたのは、もっと高揚した気持ちだったと思うけれど、これが、ノンフィクションの迫力というものなのかな。けれど、ささっと書いた日記がここまで読む者を引きつるというのは、やっぱり小説家の才能に違いない。
ミホさんのまえがきによると、島尾敏雄は、小学校入学のときから69才で亡くなる2日前まで、ずっと日記をつけていたそう。しかも、夢日記も別につけていたのだし、当たり前だけど、そのうえ小説も書いていたなんて、単純にすごいと思ってしまう。