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さまざまな愛のかたち
愛の形は人さまざま。人生の数だけ愛があると言うけれど、本当はその数に小説の数を足さなくてはならないのかもしれません。「愛」を描くとき、小説家の筆はことさら豊かに、つややかに運ばれるような気がします。
七年のあいだ、わたしたちは愛し合った。
恋人どうしのように愛し、母と子のように愛した。
夫と妻のように愛した。友だちのように愛した。
わたしは彼女にとってそれらすべてであり
彼女もわたしにとってそれらすべてだった。
そのどれであっても、二人はつねに対等で、魂の双子だった。
「世界文学のフロンティア」というシリーズのなかの一冊「愛のかたち」()からの引用。この本にはアメリカやヨーロッパだけでなくふだんなかなか出会えない中国やスペイン、クロアチアの作家、イディッシュ語で書く作家などによる、愛をめぐる短編が収められています。
私は何か言いたかった、悲しいねと言いたかった。
ダンスのこと、パーティーのこと、
すべてのこと、私たちがやったこと。
でも私は何も言わなかった。
たぶんあなたは私が何を言っているかは
理解してくれるだろうけど、
私の声がたてる音があなたの耳に
おぞましく響くことがわかっていたから。
現代の英米文学からさまざまな愛の姿を集めた「むずかしい愛」()には複雑にねじまがってしまって、もうそれが愛であるかどうかもわからなくなりそうな奇妙な断片がちりばめられています。でもむずかしいのは多分「愛」だけでなく、「文学」そのものなのでしょう。この本のなかでは、「愛」と一緒に「ことば」が、「小説」が、身もだえしています。そして、その苦しげな息づかいこそが私たちを、とらえて放さないのです。
夫婦というのは、結局これだけのものだったのだろうか?
――暮らしのあわただしさにまぎれ隠されている、
まったくの完全な断絶が実体だったのだろうか?
怖ろしさに、エリザベスは顔をそむけた。
あまりにも怖ろしい事実だった。
二人のあいだには何もなかったのだ。
何もなかったにもかかわらず、
くり返し互いの裸体を交わしあい、
ともにここまでやってきたのだ。
彼に抱かれたときも、二人は今と同じように、
二つの孤立した存在だったのだ。
二人のどちらにも責任はなかった。
「菊の香り」
「せつなさ」をキーワードに、小説家によって編まれたアンソロジー、「せつない話」()。編者の山田詠美によると、「せつない」とは大人だけが味わえる内面の成熟を必要とする複雑な感情だということです。「愛」と呼ぶのもためらってしまうような、微妙ではかない心が見事に描かれた作品をひとつひとつ、手にとって眺めたくなるような気持ちにさせられます。
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