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石と出会う

「石の来歴」
奥 泉光
文春文庫
(写真は単行本)


  「河原の石ひとつにも宇宙の全過程が刻印されている」。レイテの戦地で戦友に聞いたこの言葉をきっかけに、戦後石の蒐集を始めた男の物語。戦争の記憶と石の記憶が交錯し、徐々に男は、世間に背を向けて石の世界にのめりこむようになる。男の意識が石に凝縮されるのと反比例するように、男を取り巻く世俗の影は薄まり、とうとう妻は狂い、二人の息子も死に至る。石の持つ、一種魔術的な力を描いていて、背中が一瞬ぞっとする魅惑的な石狂い小説。
「石が書く」
ロジェ・カイヨワ
岡谷公二/訳
新潮社 絶版(写真は扉)


  石の愛し方で、ロジェ・カイヨワの右に出るものはいないのではないかと思う。この本に収められている石についての文章は、どこをとっても石に対する並々ならぬ愛情であふれている。でも、決して愛に溺れてはいず、石の硬さに負けぬほどの硬質な視線で石を眺め、石が経てきた時間に負けぬほどの密度の濃い思索を反映する。冷静に、冷静に、言葉を積み重ねていく仕草は、壮大な芸術に向けられたものであるようにも思えるが、むしろ、石にこそ相応しいと言うべきなのだろう。妥協なしに、しつこく、でも優雅に石にせまっていく。
この本には石の写真も多数収められていて、どれも、息をのむような美しさである。パリ自然史博物館にカイヨワの石のコレクションが収蔵されていると聞いたことがある。
 なにはともあれ、石には、なにかわからぬが重々しく、
 ゆるぎない、ゆきつくところまでゆきついたといった趣き、
 不滅の、或いはすでに滅び果てたというような趣きがある。
 石はその固有な、決して誤りを犯さぬ、直接の、
 天然の美しさによって人の心をとらえる。
「石を聴く」
宇佐見英治 
朝日新聞社


  宇佐見英治のエッセイ集。宮澤賢治、セザンヌ、クレー、芭蕉、雪舟、そしてパリの石畳、古城の石垣、毛越寺の庭園など、石をめぐる旅が静かに続く。文学や美術について語るように石を語る。その理知的な言葉のつらなりの中に、はるか彼方を見つめたままで揺らぎもしない石たちに対する憧れと嫉妬がこぼれる。

 宝石は光と戯れても人間には媚びない。
 媚びるのは人間の方である。
 宝石は問いかければ頑なにおのれを閉ざし、
 われわれとはちがった世界のことを瞑想している。
「すべてのひとに石がひつよう」
バード・ベイラー/著
ピーター・パーナル/画
北山耕平/訳
河出書房新社 絶版


  ペトログリフを思わせるプリミティブな線と、アースカラーだけを使った大人っぽい絵本。そばに置いて精神を交感することのできる「自分だけの石」を持とうというストレートな誘いが、心に響く。

 いつでも石のにおいをかぐ。
 石は自分だけのにおいをもっている。
 においをかいだだけで その石が
 地球のなかからきたものか
 海からきたものか
 何百年にもわたって 毎日毎日
 風と太陽にさらされていた山からきたものか
 かぎわけてしまう子供たちがいる。
「石の思い出」
A・E・フェルスマン 
堀秀道/訳 
草思社


  著者はロシアの高名な鉱物学者だった人。この本は、晩年になって自分の生涯を振り返り、石にまつわる思い出をひとつずつ語るエッセイ。訳者のあとがきによると、1945年、この本が最初にモスクワで出されたとき、ゴーリキーが絶賛し、この本に影響されて鉱物学者を目指した子どもも少なくなかったという。また日本語版については、1955年、この訳者が20才の頃に最初に訳し、その後手に入りにくい状態が続いたが、石の愛好家たちを中心に静かに読み継がれてきて、50年後に訳し直され複刻されたのだ。そんなふうに、息長く、静かなる情熱を持って読み継がれるのに、いかにもふさわしい本だ。
6才の時アテネに近い場所で、あたりの石がすべて大理石であること、神殿も大理石で造られていることなどを父親に教えられ、生まれて初めて石に不思議な魅力を感じたという話から始められる。そして、長い学者生活のなかで出会った石に魅了された人々、フィールドワークで出会った、無学ながら現地の石を知り尽くしていた老人などのエピソードが、穏やかに語られる。どの話もちょっと幻想的なトーンを帯びていて、登場する人たちは、みな、まるで石の魔法にかかったかのようだ。一生を石に捧げたからこその深みがこの本にはあり、それが何よりも大切に感じられる。
「こはく・その魅力の秘密(新装普及版)」
B・I・スレブロドリスキー
岡田安彦/訳 
新読書社


  こはくは、古代の植物の樹脂が化石になったものなので、本当は鉱物でも「石」でもないのだけど‥‥。
これは、こはくとは何か、虫や植物を含んだこはくはどうやってできるか、どこで採れるか、人々によってどのように使われてきたかなど、こはくの教科書のような本。オリジナルはロシアの本で、地味だけれど、数少ないこはくについてのわかりやすい本。
「人魚の涙」「海の石」「太陽の石」など、こはくが愛称はいろいろあることも紹介されているけれど、あの、おいしそうな、あたたかそうな色とつやを持った不思議な石を、人が愛さないはずがない。
日本でこはくの産地といえば、岩手県の久慈くらいしか思いつかないが、ロシアでは豊富に採れ、エカテリーナ城の「こはくの間」をはじめ、ロシアで王侯貴族たちの間で贅沢品として愛されてきた歴史を持ち、今も国内に、いくつもの「こはく美術館」や「こはく博物館」があるという。
「石のたんじょうび
たくさんのふしぎ第212号」

スティーヴン・ギル/文・写真
菅原啓州/訳
福音館書店


  石集めの入門書として最適な本。「石のたんじょうび」というタイトルが意味するのはつまり、石には大きな岩塊から独立して「石」となった一度目の誕生日と、あなたがそれに出会い家に持ち帰った日という二度目の誕生日がある、という意味。もちろん、石の二度目の誕生日は、いつも、新しい私の誕生日でもあり得る。
「夜のパパ」
マリア・グリーペ
大久保貞子/訳
ブッキング


  スウェーデンの児童文学。お父さんのいないユリアのもとに、毎晩訪れる「夜のパパ」。お互いが書いたところは読まないという約束で始められた交換日記が、そのまま物語になっている。
この「夜のパパ」はちょっと謎めいた存在なのだが、唯一わかっているのは、「石の本」を書いているということ。石の本を書くために、石の本もたくさん読んでいる。はじめは「夜のパパ」を敬遠していたユリアとパパを取り持ってくれたのも、石だった。
石、ふくろう、船乗りなど、心ひかれるものがたくさん登場する、心やさしい物語。版画の挿絵も、不思議な雰囲気を添えている。
「不思議な石のはなし」
種村季弘
河出書房新社


  神話や寓話のなかの石をめぐる。その体の中に無限の時間と宇宙を秘めた「石」の不思議さが、おいしく味わえる。イラストもきれい。
「石のししのものがたり」
大塚勇三/再話 
秋野亥左牟/画
福音館書店


  チベットの民話を再話したもの。まじめで心やさしい弟と欲の深い兄の物語だが、神様として出てくる「石のしし」の存在が、美しくて神秘的。その美しくも雄々しい姿は、私たちのイメージを石という静的な存在から解き放ってくれる。民話らしいユーモアのあるストーリーも楽しい。


「水晶 他三篇」
シュティフター 
手塚富雄・藤村宏/訳
岩波文庫


  シュティフターは1800年代のオーストリアの作家。美しい山々と自然、そしてそこで暮らす人々の生活を描いている。カトリックの篤い信仰のうちに、質素で、謙虚で、自分たちを律していく人々の姿を、これ以上ないと言うくらいに清澄な筆致で描いている。
この本には短編「水晶」のほか、「みかげ石」「石灰石」「石乳」の3篇と、これら4篇に「電気石」「白雲母」を合わせた6篇が1853年に「石さまざま」というタイトルで発表されたのだという。この「石さまざま」の序文もこの本に収められているのだが、シュティフターの考え方がストレートに語られていておもしろい。

  ある人の全生涯が、公正、質素、克己、分別、
  おのが職分における活動、美への嘆賞にみちており、
  明るい落ち着いた生き死にと結びついているとき、
  わたしはそれを偉大だと思う。