宮脇檀は、体をはって住宅への問題提起をおこなった建築家だ。住宅は大規模建築より格が下だと言われ続けながら、住宅のために孤軍奮闘してきた。モデルハウスが理想の家だと頑固に信じ続けてきた日本人が、最近少しずつ自分の暮らしに合わせたデザインについて考えるようになったのは、この人の地道な努力がやっと実を結びつつあるのだとも思える。
宮脇にはたくさんの著作があって、どれもそれぞれの価値を持っていて、純粋に読んで楽しいものも多いが、私はこの本を選びたい。亡くなった直後に出されたということや、亡くなる3か月前の日付で自分の癌と出版の事情を冷静に簡潔に述べた序文を読むだけでも、この本のもつ特別な意味を察してもらえるだろうが、そういう理由だけからではない。性が家づくりにどうかかわってくるかというテーマ設定自体がユニークで、住まいについて高い意識を持たない一般の人にとってもわかりやすく、そして、刺激的だからであり、そういう点がこの建築家の個性をよく表しているように思えるからだ。
とくに日本において、一軒家というのはマイホームであり、「家庭」とほぼイコールで結ばれる。夫と妻、つまり一対の男と女を単位とした人間関係の場である。そのことがいちばんわかりやすい形で現れるのが、やはり、この本の最後に置かれた性の話なのだ。
女だけの屈折した性がいろいろあったり、
男の性は歌舞伎町にあったりするくせに、
家の中で男と女が、男と女として向き合っていない。
お父さん、お母さんとしてしか向き合っていない。
これはやはりおかしいと思います。
宮脇檀は、このように言う。男と女が、きちんと自分に向きあい、きちんと相手と向きあう。このこと抜きに、住宅を考えることはできないのだ。
せっかくつくった書斎のほとんどが必ずと言っていいほど、やがて物置になってしまうのはなぜか、女はなぜ収納場所の広さにこだわるのかといった現象から日本人のメンタリティを浮き彫りにしてゆく論法は、説得力に満ち、彼一流の合理精神にあふれている。雑誌などによってねつ造されたイメージや空虚な情報、意味のない固定概念にしがみついてしまう私たちに宮脇檀は「暮らしに対する知性をもちなさい」と厳しくせまってくる。
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