●1
「鍵・瘋癲老人日記」
谷崎潤一郎
新潮文庫 476円)

●2
「左手日記例言」
平出隆
白水社 2718円

●3
「富士日記(上・中・下)」
武田百合子
中公文庫 各933円
 
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盗み読まない日記



 一月一日。・・・僕ハ今年カラ、今日マデ日記ニ記スコトヲ
 躊躇シテイタヨウナ事柄ヲモ敢テ書キ留メルコトニシタ。
 ----●1

あたかも「現実」そのままであるような顔をして、 巧妙にねつ造された「現実」を作り出す日記。 妻に盗み読みされるために書く夫の日記と、 夫に盗み読みされるために書く妻の日記だけで構成された、 谷崎潤一郎の小説「鍵」では、 日記のもつ巧妙な仕掛けが私たちを惑わせる。
現実は、ひとたび言葉に置き換えられるやいなや、 私たちの手をすり抜けて、勝手な現実をつくり上げる。
例えば左手で、利き手ではない方の手で、記されたならば いともたやすくひっくり返される。

 右から左へ、私は青黒い光を持ち替える。
 私の机はまだ右利き用の配置にあるので、
 ほんとうの光は左から来て、
 持ち替えたペンの先は左手そのものの影に入る。
 その取り残されて危なげな、
 不吉にもいかがわしい小さなかすかな影の中で、
 ここからの私の時間はリズムを刻む。
 息は旋律を探しはじめ、言葉はもう、
 鈍く発光したがっている。
 ----●2

ペンを左手に持ち替え、裏返った世界では 言葉ひとつひとつが、たどたどしく、おぼつかない。 なめらかさを失った現実の中に、詩人は光を見る。

そう、日記は日常に光を当ててもくれる。
武田百合子の「富士日記」(----●3)。 タイトルは明らかに夫・武田泰淳の「富士」と呼応している。 そこに記された、天気、食事、家族の動向、小さなできごと。 しかし、すべてがみずみずしく光っているのはなぜだろう。
日記は昭和39年にはじまって、泰淳が亡くなる51年まで。 この日記のなかでは、夜空の月や、葉の上の露や、うどんの湯気までが 生き生きと眼の前に現れる。 すべてが小さな光を放ちながら 。