「森のイングランド ロビン・フッドからチャタレー夫人まで」
川崎寿彦
平凡社ライブラリー

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著者はイギリス文学者であり、西洋庭園についての本を何冊か書いている。この本は、ロビン・フッド、シィクスピア、ワーズワース、チャタレー夫人など、イギリス文学をたどりながら、「森」とは人々にとってどういう存在だったかを考察する。
始まりは、こうだ。「森はヤーヌスである。それはつねに二つの顔をもつ。おそろしい顔と、恵みゆたかな顔と」。文明は、まず森を切り開くことによって作られてきた。そのときから森は人間にとって、いつ復讐してくるかも知れぬ恐ろしいものであり、同時に、身近にある恵みの源泉でもあり続けている。森は、ロビン・フッドらアウトローたちの住処であり、同時に、暗い混沌であり、素朴で原始的な感情をかきたる母なる原理であり……。
このように書くと学術書のようだが、とっても楽しく読める本なのだ。それは、文章が堅苦しくないからだけじゃなくて、論の進め方自体にちっとも無理がなくって、発想の開かれ方がとてもしなやかだからだと思う。当たり前のことだが、イギリスの森は私たちが知る日本の森とはまったく違っている。けれど、読み進むにつれて、文学と自然にたいする著者のおちついた思索のリズムとおだやかな感受性が伝わってきて、聖霊のすむような森の気配が、まるで親しいもののように心に満ちてくる。そして、本の最後、著者は地球上の森が危機にさらされていることへと、静かに筆を進める。それは、声高なエコロジストの主張よりも、重く響いてくる。
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