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踊る者たちのことば
こんなにかわいた時代だというのに、そこかしこで、
たくさんの人が一心に踊っている。
ダンスする人は、肉体そのものであるようにも見えるし、
肉体から自由になりたがっているようにも見える。
ダンスをきわめた人がかいま見た
この世とあの世の境目に思いをはせてみる。
私は肉体をまとった感情であり、肉体をまとった知性ではない。
私は肉体である。私は感情である。
私は肉体と感情をまとった神である。
私は人間だ。神ではない。
「ニジンスキーの手記」
しかしまた、踊りを踊る者の言葉は、
どんなに詩的で幻想的な空気をまとってはいても
どこか非常に冷めている。
まるで踊り続けることは凝視続けることだ、と言わんばかりに。
私は骸骨で生まれたのだ。
だから途中から肉がつき、
その肉がどんなに熟れていっても、
そんな肉に、ひっついた考え事が満足なものに熟れていく
筈がないではないか。
「病める舞姫」
狂気から知性が生まれるとしても不思議ではありません。
しかし知性から狂気は生まれません。
できたならば、狂気のなかに
深く入り込んでいることを願っています。
「大野一雄 稽古の言葉」
舞うことが、こんなにも壮絶な葛藤を必要とするならば、
なぜ人は踊り続けるのだろう。
そう考えるとき、バリの踊り手のこんな言葉を思い出す。
だって私の体を操っているのは神さまなんですからね。
私の踊りは私に宿る神さまの光なんですから。
「踊る島バリ」
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