|
|
0
2 0
「うそ」と「ほんとう」のあいだ
ふつうの知覚の仕方では認識できない、世にも不思議な植物についての本、
それがレオ・レオーニの「平行植物」。
ここで「平行」という言葉が意味するのは、永遠に交わらない、ずっと「これ」ではないものとしてあり続ける、ということ。
ちょっと見たところ学術書のような顔をしたこの本は、豊かな想像力と、緻密な表現力によって作りあげられた架空の世界。
空想だけでひとつの世界をつくりあげてしまうことは 偏執的なおこないのようにも見えるけれど、
アイディアという実体のないものに形を与えてゆく、という作業は
すべての芸術に当てはまる、とも言える。
必要なのは、想像力のバネと、壮大な秩序と、たんねんに対象を追いかけてゆく力、そして、適度な量の混沌。
「完全な真空」 という本には、
16冊の本についての書評が集められている。しかし、ここに取り上げられている本は、すべて架空の本だ。しかも、そのひとつは「完全な真空」というこの本についての書評。
私は夢と現(うつつ)の間の境界を
拭い去ろうとしている訳では
まったくなく
――それは狂気に至る道です!――
ただ、新たな
より良い秩序を
作り出そう、ということなのです。
この本について、そして、この本のなかにだけ存在する本について考えていると、虚構とは、現実への批評であるということがよく分かる。
虚構は現実からしか生まれて来ず、また、現実は虚構を必要とする。
空想の国で発行される空想の切手を描き続けた画家、ドナルド・エヴァンズ。
今はもうこの世にいない、この不思議な画家に宛てた葉書で作り出された世界が、「葉書でドナルド・エヴァンズに」 という本。
エヴァンズが作り出した、平和で穏やかなあの国。
苦痛と悲しみ、喜びと発見が猥雑に入り混じった、この国。
あの国とこの国を結ぶ郵便。
もうひとつの世界の切手に残る、ひとちぎりの跡。消印の香り。
世界は世界を生み、人は世界から世界へと旅をする。
本というものは、そもそも、
「うそ」と「ほんとう」のあいだを行き来する小さな舟のようなものかもしれない。
|
|
|