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文字は生きている

「そこに文字が」
金田理恵
筑摩書房


  活版印刷、印章、書道、ガリ版など私たちのくらしのまわりにある、文字の手触りをたどる小さな旅の記録。印章彫刻の職人や、ユニークな書のワークショップをやっている人、細かい数字で埋め尽くされた時刻表を作る人を訪ねて行ったり、阪神大震災後まもなくの街に、手書きの看板やちらしを探したり‥‥。文字の気配を探していくと、必ずそこには、何かを一心に思ったりおこなったりする人の気配がある。

 聞こえてくることば、自然の音、音楽、吐く息吸う息、
 それがそのまま字になるのよ。

漢字とかなをあやつる日本語の使い手であることに、私たちはもっと誇りをもっていいのかもしれない。
「象形文字 遊行」
粟津潔/編・著
東京書籍


  グラフィックデザイナーの粟津潔の本。でもデザインについての本ではない。粟津は、古代象形文字と出会ってから 甲骨文字をひとつひとつ書いてゆくことを日課としたという。この本では、自身が書いてきたたくさんの文字を紹介しながら、その形を味わい、文字の意味や成り立ちを探っていく。例えば「風」という字はの「虫」は竜を意味する、とか 「死」という字の「夕」は骨を意味するとか、 漢字ひとつひとつには、3000年にわたる神話がこめられていて、わたしたちがことばのなかに感じ取る豊かなイメージは その歴史の重みが支えているのだ。
後半は、漢字のエキスパート白川静との対談。ユニークで、でも、洗練された味を持つ象形文字たち。盛りだくさんの内容で、粟津が文字を楽しんでいる様子が伝わってくる。文字の楽しさを味わうのは、まず書くことなのだと教えてくれる。
「生きている象形文字」
西田龍雄
五月書房


  現代も象形文字を使っている中国、雲南の少数部族であるナシ族(この本では、モソ族の呼び名を多用している)の文字についての本。まるで絵のような文字が、今でも使われているというのは驚くべきこと。
多くの文字は象形文字から発達したものではあるが、それを長く保ち続けるには、たくさんの条件が必要なのだ。たんに未発達なのではない。とくに大切なのは、ものの形をとらえる高い能力を持つ人々が、きちんと伝承していくこと。モソ文字の場合は、トンパという階級の人々が大きな役割を果たした。
まるで絵のようなユニークなモソ文字を見ていると、文字というのは人間の道具なのではなく、人間そのものだということがよくわかる。文字ひとつひとつの形には、それを使う人々がどのように世界を認識しているかが表れる。文法も同じ。また、教典や昔から綿々と伝えられる物語というものは、文字そのものと切り離しては考えられないものだということも、よくわかる。
「ゼロ」
松田行正 牛若丸


  古今東西のいろいろな文字や記号、暗号などをコレクションした本。モールス信号や点字、地図やチェスの記号から、古代の文字、秘教的な文字、誰々さんが何のために発明した文字などが121種類集められている。形のおもしろさのみを選ぶ基準としたと、まえがきにある。それぞれの文字の説明も詳しく、荒唐無稽にも思われるさまざまな文字を見ていると、「文字」「形」といった概念の輪郭がゆるゆると溶けだしていくのを体感する。
膨大な文字を集め、トレースした労作だが、随所に遊び心も満載で、密度の濃い楽しい本になっている。
「イヴへの頌」
清岡卓行/編
詩学社(画像は函)


  詩人の肉筆によって書かれた詩のアンソロジー。金子國義の装幀が素敵な大判の詩集である。堀口大學、尾崎喜八、西脇順三郎、田中冬二、金子光晴など75人の詩人が、自分の詩を一編、肉筆で書いている。
収められた詩たちが、活字の詩とあまりにも違う顔をしていて、びっくりする。どんな詩も、そもそもはこのようにペンや筆で書かれたものであるはずなのに。私たちの読んでいる詩は、書かれた詩と同じものなのか。違うとしたら、私たちがいつも本で読んでいる活字の連なりとしての詩は、一体、どこからやって来たものなのだろう。
余談めくけれど、この本からわかることは、詩人に達筆の人は少ないということ。何だか子どもの書いたような字が多い。ほらね、詩人とは成長しきらない、社会性のない人たちなのだと、思わず微笑する。激しい詩を書く人の文字が、勢いのある文字を書くかと言えば、まったくそういうふうでないのも、おもしろい。
「イヴへの頌」というタイトルからもわかる通り「愛の詩」をテーマとしているのだけれど、詩の内容よりも肉筆の存在感が勝ってしまって、詩そのものを充分に味わいにくいのが、残念でもあり、おもしろくもある。
「書字ノススメ」
石川九楊
新潮文庫


  書家の目からみた現代という時代。最初は新聞などに書かれたものが多いので、時事的な事柄に触れた内容も多く、話題的には時間のずれを感じるものも多いのだが、それでもなお、著者の主張自体は、ちっとも古びない。というのも、この書家が、書かれた文字(その価値や美しさ)だけを問題にしているのではなく、その手の動きこそを問題にしているからだと思う。上から下へと筆を走らせる動き、あるいは、その動きを支える姿勢。その姿勢を支える肉体、あるいは、文化。言葉が人間の根幹をつくるものであるのと同じ意味で、 文字も私たちをつくるものなのである。

 書体と文体に支えられて言葉は成り立つ。
 だから言葉を発するということは
 いつもおっくうなものである。
 そのおっくうさを打ち破って生れてくるからこそ、
 言葉は価値を持つ。
「芹沢けい介の文字絵 讃」
芹沢長介・杉浦康平
里文出版


  染色作家である芹沢けい介の文字絵を集めた本。文字のもつ形の豊かさ、そして、抽象度の高さ。どの作品も見飽きることがない。後半は、ブックデザイナー杉浦康平が作品の解説をし、アジアの文化の中で息づく文字に思いをはせる。「文字」というものが、命を吹き込まれ、生き生きと動き出す瞬間に立ち会うような、そんな美しい本である。
「文字の力」
平野甲賀
晶文社


  平野甲賀の作品集。描き文字による装丁。どれも「あ、平野甲賀」と分かる作品なのに、並べて眺めてみると、それぞれがまったく違う顔、違う表情をしているのが不思議であり、さすがである。実際に出版された54点に、未発表「架空装丁」12点が、一同に並ぶ。
「クリスチャン・ジャックのヒエログリフ入門」
クリスチャン・ジャック 
鳥取絹子/訳 
矢島文夫/監修
紀伊国屋書店 1800円


  ヒエログリフとは、古代エジプトの文字。この本は、「はじめての英語」とか「はじめてのフランス語」といった感じでヒエログリフを勉強することができる。言葉を学ぶというのは、もちろん、ひとつの世界観を理解すること。だから、ヒエログリフについてだけでなく、古代エジプトの人が、世界をどう見ていたか、その一端を知ることができる。
横向きの鳥や人、三日月、二重丸といった落書きのような文字は、実は、具象文字であり、象徴文字であり、同時に音声文字でもあるという、複雑な、そして自由な構造を持っている。そんなことを知るだけで、心が古代エジプトに飛んでいくような気がしてしまう。