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映画の言葉に撃たれる
映画が生まれて100年と少し。「メディアの多様化」なんて浮わついた言葉が吹き飛んでしまうほど堂々と、映画は今なお、人々の心を奪い続けている。
光と影というシンプルで、そして根源的なふたつの要素がつくり出す無尽蔵な物語。映画について語られる言葉もまた、無限の豊かさをもって、私たちの心にせまってくる。
わたしは自分の署名をもっていると思う。
しかしそう思えるのは、自分の映画のなかに
自分が込められていることを知っているからであり、
現実には経験しなかった一瞬一瞬が自伝的であるということを
知っているからである。
「わたしは邪魔された」
世界中の映画監督たちが敬愛する映画監督、ニコラス・レイ。晩年の講義録や自伝的エッセイがまとめられたこの本を通して見えるのは、感情も肉体も含めて、人間を形づくるものすべてを、時間的に、かつ空間的に見極めようとした、ひとりの人間の姿である。
映画は、あるひとつの答えなのだ。でも、時には、それがすべてになる。
劇的なものを全部取り去り、泣かさないで悲しみの風格を出す。
劇的な起伏を描かないで、人生を感じさせる。
小津安二郎「東京物語」ほか
これは、小津安二郎が作品「秋日和」について語ったことば。
人の心を本当に動かすものが、これ見よがしの仕掛けとは無縁であることを天性の素質として知り抜いていたのだ。
そして、映画の生い立ちに思いをはせる私たちに、今ひとりの女性監督の存在が知らされる。映画誕生の瞬間として伝説となっているリュミエール兄弟の上映会にも立ち会い、数多くの作品を制作したアリス・ギイ。
これは驚いてもらってもいいことだと思う。
フランスで名前を出さずに仕事をしていた時代から、
いわば映画の黎明期において、私は草創期の十七年のあいだ、
世界中でたった一人の女性監督だった。
「私は銀幕のアリス」
生まれたばかりの「映画」のれっきとした育ての親でありながら、映画で儲けようとした抜け目ない人々や、男性偏重の映画史研究家たちに置き去りにされた、このひとりの女性の存在を知らせてくれたこの本に、私たちは感謝しなくてはならない。
映画というものが、またもや予想もしない喜びで私たちを満たしてくれるのを感じながら。
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