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書物について
‥‥わたしたちに親しいかたちをしたこの《書物》とは
いったい何なのか、
《書物》という物体はいったいどういう神話と秘密と能力とを
隠しもっているものなのか‥‥
「書物について」。
副題に「その形而下学と形而上学」とあるとおり、書物というハードウェアと、そこに書かれたテクストの密な関係を語る。いわゆる愛書家のようなフェティシズムに偏らないバランスの取れた視線が全体を通して行きわたり、心楽しく読み進めることのできる貴重な、本についての本である。
書物の起源から、アレクサンドリア図書館、グーテンベルク、聖書など、そして、アーティスト・ブックや電子ブックへと、本の歴史をたどりながらの論考。
でも、たんなる研究書ではない。筆者の心が、常に本と出会った、あの瞬間が放つ静かな光で満たされているのがわかる。
はじめて、ひとりで電車に乗って買いに行った本、研究者として無数の書き込みをしながら読んだ本、図書館の奥底にしまわれている、宝物のような本。
本とともに、多くの時間を過ごした著者であるフランス文学者があえて記したこの言葉に、私たちは勇気を奮い起こされる。
私たちは書物というものの可能性を
まだ充分に開発してはいないのである。
例えば巻物から冊子へ。和紙和装から活版洋装へ。縦書きから横書きへ。
書物がそのかたちを変えるにしたがって、それを「読む」行為の質も変わり、「書物」という器にもられる「小説」も変わっていった。
この流れを検証しているのが「書物の近代」という本。
本にまつわるエピソードがたくさん紹介されているのだが特に興味深いのは、夏目漱石が自著のブックデザインにとてもこだわっていたという話。
「吾輩は猫である」の初版本は、その装丁の斬新さでも評判を呼んだ。用紙の選び方から意匠の細部、そして本文の活字の組み方まで凝りに凝った造本のため、ずいぶん高価な本だったらしい。
「猫」出版の際に、漱石が教え子に出した手紙には、こうある。
うつくしい本を出すのはうれしい。
高くて売れなくてもいいから立派にしろと云つてやつた。
何でも挿画や何かするから壱万円位になるだらうと思ふ。
到底売れないね。
うれなくても奇麗な本が愉快だ。
本をつくることへの素直な喜びが伝わってくる言葉である。漱石のこの喜びは、本を愛する者ならば、共感を持って受け取るだろう。本の重さや手触りが、心と頭脳とをこころよくくすぐる、あの至福の体験の数々を思い起こしながら。
「本についての詩集」という、詩のアンソロジーがある。詩のなかにちりばめられた、本の名前、作家の名前。本が与えてくれた感銘に呼び起こされ、立ち上がった詩の数々。
しづかなるひは
はなのかたわらにたち
そのはなのさくこころをかんじ
キーツのうたをよみ
そのうたのうまれくるひびきをかんずる ------八木重吉
ひと文字ひと文字が、胸にしみこんでくるような、あの「書物の体験」を、もっと‥‥。ひとりひとりが胸に抱く、本と出会ったひとつひとつの体験が、「書物」を、はぐくんでいくのだから。
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