●1
「風邪の効用」
野口晴哉 
ちくま文庫 600円

●2
「不安定だから強い 
武術家・甲野善紀の世界」
田中聡 晶文社 1600円

●3
「癒す心、治る力」
アンドルー・ワイル 上野圭一/訳 
角川文庫ソフィア 800円

 
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あたらしい身体



「風邪の効用」。
「風邪」についての本だが、風邪の予防や治し方についてではない。ここに書かれているのは、正しい風邪の引き方について、だ。

ふだんこわばったりかたよったりしてしまう体に弾力を取り戻させて調子を整えるために、風邪は大切なものだと、著者は言う。

 だから、治すということは病気を治すのではなくて、
 病気の経過を邪魔しないように、スムーズに経過できるように、
 体の要処要所異常を調整し、体を整えて
 経過を待つというのが順序です。
 ----●1

薬を飲んだりして、きちんと風邪が体を通り抜けることを妨げると、体の自然の働きを邪魔することになってしまう。風邪という、バランスを取り戻すチャンスを失った体は「もう、バタッと倒れるのを待つばかりである」と、著者は言う。

風邪を引く体は敏感な体であり、風邪を引くというのは、身体というものが本来持っている能力なのだ。

 早く治すというのがよいのではない。
 遅く治るというのがよいのでもない。
 その体にとって自然の経過を通ることが望ましい。

風邪という、いちばん身近な病気を通して語られる整体学の身体観は、とても新鮮。西洋医学こそ科学であり、東洋医学はミステリアスで呪術的なものというイメージがあるが、ここで語られる「身体」は、とても合理的で、理にかなっていて、シンプルな構造を持つ「身体」だ。

私たちの身体は、私たちの脳よりもずっと賢く、強い。しかし私たちは、無用な概念や情報や不安や怖れを持つことによって、体の持つ本来の力を損なってしまっている。
同じ意味合いの言葉を、「不安定だから強い」という本にも見つけだすことができる。

 じつは僕らは、自分自身の身体について、
 ほとんど何も知らないのではないか。
 この身体が何を感じているのか、何ができるのか、
 ちっともわかっていないのではないか。
 ----●2

古武術家、甲野善紀に出会った著者は、このように記している。古武術というのは、近代以前の武道で、私たちが知る剣道や武道とは、根本的に違う。

体つきは標準であるのに、いにしえの剣豪伝説さながらに、どんなに屈強な大男でも、さらりとやっつけてしまう。この強さは、どこから来るのか。筋肉トレーニングを否定し、「地道な努力」「基本が大事」という発想も嫌う甲野善紀。

 安定していると脆(もろ)く、不安定なほど強い。

 安定しているとは、自分の基盤に癒着していることだ。

 不安定の自在性とは、生の自在性なのだ。

甲野の言葉は、禅の言葉にも似ていて、しばしば、逆説的で、矛盾を感じさせたりする。しかし、甲野の言う通り、「わからない」という不安定さこそが強さを生むのである。
頭では考えずに身体で考えることによって、私たちは、もっと強くなれるのかもしれない。

次に紹介する本、「癒す心、治る力」の著者、アンドルー・ワイルは、西洋医学をベースにした、いわゆる「お医者さん」。
この本では、お医者さんから回復の見込みはないと見捨てられた患者が、奇跡的に治癒した症例が数多く挙げられる。そして、体は健康になりたがっているのだから、その「治癒系」を最大限に活かすことさえできれば、医学的には「奇蹟」と呼ばれるような、充分起こりうるという。

では、自分の体の持つ治癒への意志を目覚めさせるにはどうしたらよいのか。ヒントは、この本のあちらこちらに散りばめられている。

 ほとんどの人は受容の姿勢で人生を送ろうとはしない。
 反対に、意志に負担をかけることで
 出来事を自分の都合に合わせ、状況を支配しようとして、
 たえず対決の姿勢を保っている。
 (中略)
 受容、屈服、降伏――なんと呼ぼうと――、
 そのようなこころの転換が、
 治癒の扉をあけるマスターキーなのかもしれない。
 ----●3

攻撃的な感情を捨て、素直になることによって、私たちの身体が本来持っている「治癒」の能力を取り戻すことができる。武器を捨てることによって、防衛力を高めることができるのだ。
このことは、現代を生きる私たちに、もっと何か大きなことを示唆しているように思われて仕方ない。
私たちになじみの深い西洋医学からはずれた古くて新しい身体観は、体を使って考えることから生まれる新しい哲学を提示してくれる。