●1
「就職しないで生きるには」
レイモンド・マンゴー
中山容/訳 晶文社 1400円

●2
「グランドセントラル駅・冬」
リー・ストリンガー
中川五郎/訳 文藝春秋 2190円

●3
「地球の上に生きる」
アリシア・ベイ=ローレル
深町真理子/訳 草思社 2500円

 
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another way



「就職しないで生きるには」(----●1)。
アメリカ60年代のヒッピー・ムーブメントを経て30代になった著者が
自分の「仕事」を見つけ出すまでのことを書いた本だ。
この本がはじめて世に出た20年前には、充分挑発的だったであろう
このタイトルも、今は、多くの人が持つ問いになった。

  ビジネスでうかび上ったりしずんだりしながら
  わたしは繁栄をさがし求めていた。
  ほんとうの繁栄ということだ。
  それはしっかりした情緒の安定と興味をいだかせ、
  霊感をみちびく仕事との綜合だとわたしはおもう。
  問題はわたしたちがどのように金をつかうかではなく、
  どのように時間をつかうかなのだ。

就職しない、とは、ある決まった道からはずれることであり、
それなりに勇気や意志の力を必要とされることだった。
今の日本では、その意味合いはちょっと違うだろう。
「就職しないで」いることは、ある意味で、簡単になった。
でも、「生きる」ことは、より難しくなったのかもしれない。

就職しないで生きる、とは、働かないで生きることを意味しない。
自分が自分のために汗を流すことのできるような
仕事を見つけだすことだ。

物質文明への批判さえもが、ビジネスの対象となり、
資本主義の批判さえもが、流行り言葉になってしまう。
そんな、すべてが色あせたような今の世界で
私たちは何か重苦しい問いを抱えてしまっているような気がする。
そして、たとえば、こんなホームレスの姿が
ひどくまっとうにみえてしまうのだ。

  路上暮らしで目立って不便なことは何もないと彼に告げる。
  自分は何とかやっていけていると彼に告げる。
  「しかし頭が鈍くならないかい?」と、彼が尋ねる。
  まったくその逆だと彼に告げる。
  毎日が新たな挑戦だと彼に告げる。
  よりどころとなる定職がなくなると、人は絶えず神経を
  研ぎすまさざるをえなくなると彼に告げる。

「グランドセントラル駅・冬」(----●2)という本。
ここには、ひとりの路上生活者から見た、社会の姿が克明に描かれている。
路上は、確かに、惨めな場所には違いないけれど、
少なくとも、私たちが抱えているような惨めさからは自由な空間だ。

社会を底辺から見ている、もしくは、斜めから見ている
という言い方は適当ではないだろう。
まっすぐに見ている、という言葉が、むしろふさわしい気がする。
「当たり前」の場所から、1歩ずれることによって
「当たり前」のことが持つおぞましさが見えてくる。
家や衣服や食べ物に囲まれた、この生活そのもののもつ危うさが見えてくる。

ペンでさらっと描いたようなイラストと手描きの文字。
生活のなかで少しずつ書きためられた覚え書きメモのような素朴な本。
それが、この「地球の上に生きる」(----●3)という本だ。
雲の読み方、ハンモックの作り方、竹笛の作り方、
小屋の作り方、畑の作り方、料理や洗濯の仕方、
薬草の使い方、草木染めの方法、そして火葬の方法まで、
電気やお金に頼らない生活の実用書。
21世紀を迎えたこの日本で、今も新しい読者を獲得し続けている、
その理由は一体どこにあるのだろうと、ふと考える。

  この本は、生活費をかせぐために
  せっせと机で事務をとったりするより、
  森で木を切っていたいというひとのために書きました。

今ある枠組みからはずれることによって、
こんなにも暮らしは独創的になるのだ。

このままではいけない。このままではだめになる。
この焦燥感を、どう思想化していき、どう実践していくのか。
少なくとも私たちは、私たちのすぐそばに、
もうひとつの選択肢が用意されていて、
私たちがその気になればさえすれば、いつでも
これとは違ったもうひとつの道、another way of lifeを
選ぶことができるのだと知っておきたい。