●1
「キャッチャー・イン・ザ・ライ」
J・D・サリンジャー 村上春樹/訳
白水社 1600円

●2
「悲しみよ こんにちは」
サガン 朝吹登水子/訳
新潮文庫 438円

●3
「愛人 ラマン」
マルグリット・デュラス 清水徹/訳
河出文庫 570円

●4
「十九歳の地図」中上健次
河出文庫 466円

 

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ティーンエイジ・ブルース



 世の中には、何かをなくしたら
 しつこく何日も探しまわる人間もいる。
 でも僕はといえば今までのところ、何があろうとこれだけは
 失うわけにはいかないというようなものを
 手にした覚えがないんだよ。
 たぶんそういうことも
 僕が臆病になっちまう理由のひとつかもしれない。
 でもだからそれでいいんだ、というもんじゃないよね。
 断じてない。
 人は臆病であったりしちゃいけないんだ。
        サリンジャー「キャッチャー・イン・ザ・ライ」
        ----●1

学校を追われ、自分の家にも帰れない16歳のホールデン。
かつて16歳であった人は、みなホールデンが嫌いだ。
でも、ホールデンを忘れることができない。
なぜなら、かつて16歳であった人は、みな知っているからだ。
16歳が、どんなに未熟で、こっけいで、情けなかったかを。
そして、16歳の自分が、どんなに必死だったかも。

 その夏、私は十七だった。そして私はまったく幸福だった。
        サガン「悲しみよ こんにちは」----●2

人は突然、楽園から追い出される。そう、突然に。
追い出された魂は、さすらうしかない。
歯をくいしばって、10代の痛みに耐えるしかない。
拒みながら、抗いながら。

 私はこれまで悲しみというものを知らなかった、けれども、
 ものうさ、悔恨、そして稀には良心の呵責も知っていた。
 今は、絹のようにいらだたしく、やわらかい何かが
 私に蔽(おお)いかぶさって、私をほかの人たちから離れさせる。
 ----●2

嘘つきなおとなも、偽りだらけの社会も、自分と同じように、
所在なく漂っているだけなのだと知ったのは
いつだっただろうか?
18歳? 19歳? それとも20歳?

 十八歳でわたしは年老いた。
 だれでもそんなふうなのだろうか、
 尋ねてみたことは一度もない。
        デュラス「愛人」----●3

わき上がってくる悲しみ、やるせなさ。
この怒りは一体どこからやって来るのだろう。
許すことはできない、自分も、他人も。
贖罪は敗北だ。

 おまえたちはきたない、おまえたちはおれのように
 素足で草の茎が槍のように
 つきさす野原をかけることのできる体ではなく、
 肥満していて、ぶくぶくの河馬のようで、
 いやらしくしみったれている。
 おれは純粋だ、むくだ、金ぴかだ、
 おれの胸の肉を切りさいて血をながしてみろ、
 おれの性器から噴出する精液をなめてみろ。
        中上健次「十九歳の地図」----●4

懐かしく思い出してはいけない。
痛みを怖れるな。
拒否し続けろ。
そうしたら、今日こそは何かが見えるだろうか。
10代の頃に渡り損ねた、あの深い河のむこうに。