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奇妙な建築

「定本 二笑亭綺譚」
式場隆三郎・藤森照信・
赤瀬川原平・岸武臣・
式場隆成
ちくま文庫


  「二笑亭」は、昭和のはじめに、東京に実在した建物である。変わり者のひとりの男、というより、その奇行に耐えきれなくなった家族でさえ別居し、最後には強制的に精神病院へ入院させられた男が、自分の設計で建てた家である。当時、賑やかな通りにあったこの家は、異様な雰囲気を放っていたらしい。
たいへん惜しいことに、今はもう存在しないこの建物「二笑亭」を、何とか本の中に再現しようとしたのが、この本。土台となるのは、芸術と精神医学の関係に興味を持っていた式場隆三郎の著書であり、それに、息子の式場隆成や赤瀬川源平らの評論や、再現模型などを加え、いろんな角度からこの神秘的な建物に迫っている。
常識をくつがえす間取り、異形の窓、奇妙な文様‥‥。建物の主人、渡辺金蔵の独自の美意識にもとづいて作られた家は、この建物に入る者も、精神の錯綜に誘う。随所に、作った者の狂気が込められているような怖ろしさもあり、と、同時に世間の常識をやすやすと飛び越えるパワー、爽快さ、自由な精神の動きがあるのだ。
私たちが、奇妙な建築に惹かれるのは、私たちがそこに、自分たちの精神の奇妙さの一片をそこに見出すからであろう。さまざまな不均衡や、おどろおどろしさ、見栄と欲望‥‥。そんなほころびを、いったんは、避けたり憎んだりしても、しまいには、愛さずにいられない。
「エッフェル塔」
ロラン・バルト
宗左近・諸田和治/訳
伊藤俊治/図版監修
ちくま文庫


  ロラン・バルトによるエッフェル塔論は、モーパッサンのエピソードから始まる。「パリで塔を見ないですむ唯一の場所だから」という理由で、エッフェル塔のレストランでよく食事したという、皮肉たっぷりのエピソードだ。

 視線であり、事物であり、象徴であるこの塔は、
 人間が塔の中に置くすべてのものであり、
 そしてそのすべては、つきることがない。
 眺められる見世物であると同時に眺めている見世物、
 無益でありながら掛け替えのない建物、
 親しい世界であると同時に英雄的な象徴、
 一つの世紀の証人であると同時にいつも新しい記念碑、
 そしてまねができないものであるにかかわらず
 絶えず再生される事物であるエッフェル塔、これは、
 あらゆる時代、あらゆる映像、あらゆる意味に通じる
 純粋な表徴であり、拘束のない隠喩である。

多くの知識人や建築家たちの猛反対を押し切って建造されたというエッフェル塔。その経緯、素材、高さ、どこをとっても、暴挙の産物としか言えない塔。ロラン・バルトは、いつもの官能的で鮮やかな手つきが、異様な怪物としてのエッフェル塔、パリの象徴のエッフェル塔など、枠にはまったあらゆるイメージからこの塔を解き放つ。
この有名な小論は、次のような言葉で締めくくられている。

 エッフェル塔をとおして、人々はその偉大な想像の機能を行使する。
 そしてこの機能こそ、人間の自由そのものである。
 なぜなら、どんな暗い歴史も、
 人間からこの機能を奪うことは決してできなかったのだから。

この本の後半は、ふたりの訳者によるロラン・バルト論になっている。
みすず書房から、このテクストとアンドレ・マルタンの写真から成る本も出されている。
「間取りの手帖」
佐藤和歌子
リトル・モア


  不動産屋に貼られた間取り図から、思わず首をかしげるようなおかしなものばかりを集めた小さな本。
写真などは一切なくて、ごくシンプルな間取り図だけなのが、かえってこちらの想像力をかき立てる。一体全体どうしてこんなことになったのか、この物件を作った人の意図はどこにあったのか、ここに住む人は、どんなふうに生活しているのか、一枚の間取り図から、あれこれ推理する楽しさ。軽さのある造本もマッチしてお見事、な本。
「郵便配達夫シュヴァルの理想宮」
岡谷公二
作品社


  シュヴァルは南フランスの小さな村で郵便配達夫をする平凡な男だった。しかし43才のある日、配達の途中でひとつの石につまいてころびそうになる。それが運命の転換点だった。シュヴァルはその石を掘り出し眺め、その石の形にすっかり魅入られてしまう。それから彼は配達が終わったあと、何キロも歩いて石を探し集めるようになり、そして集めた石で巨大な宮殿を建ててしまう。33年間、何の価値もない石ころをせっせと集め、奇妙な建物づくりに没頭する姿は、変人そのものだったろうし、出来上がった建物も、何とも言えない奇妙な代物だった。でも、この宮殿をのちにシュルレアリストたちが訪れ、賞賛の的となり、今では国で保護されている。
この本は、たったひとつの石ころに運命を変えられた男シュヴァルと、彼の「理想宮殿」についての本。アウトサイダーアートとも言い切ってしまってはもったいないような、人間の魂の奇妙な姿についての本。図版も多い。
「浅草十二階 塔の眺めと〈近代〉のまなざし」
細馬宏通
青土社


  浅草凌雲閣。またの名を浅草十二階という。明治23年、浅草のひょうたん池のすぐ近くに建てられ、33年後の関東大震災で倒壊したのだった。日本最初のエレベーターが備え付けられた塔としても有名、開館当時は、日本のエッフェル塔などとも言われた。この塔は、乱歩、啄木、藤村など当時の詩や小説に始まり、現代でも文学だけでなく映画などたくさんの作品に登場するシンボル的な存在なのだが、その全体像を伝えるものは意外と少ない。
この本の最初のほうで指摘されるのは、浅草十二階の低さだ(高さ、ではなく)。52メートルという高さは、塔ではあったけれど、私たちが想像するような東京タワーのような高さではなく、人の姿形がはっきりと見える高さだ。望遠鏡をのぞけば、北側の吉原で女が客を引いているところなど、下界の様子をうかがうことができた。当時の人々にそんな驚くべき視線を与えた塔は、最初でこそ、物見高い人でにぎわったが、やがてさびれていってしまう。
この本は、当時の浅草が持っていた見世物小屋的な空気を感じながら、ちょっとキッチュなこの塔について知ることのできる、貴重な、そして楽しい本。当時の絵はがきや新聞記事など、図版も多い。
「水晶宮物語」
松村昌家
ちくま文庫


  水晶宮。クリスタルパレス。1851年にロンドンで開かれた最初の万国博覧会で会場となった建物。中庭には巨大なニレの木がある総ガラス張りの巨大な建物であり、大にぎわいだったこの博覧会最大の目玉だった。ヴィクトリア朝の威光と、産業革命のエネルギーを象徴するかのような、華々しい建物。
ハイド・パークでの博覧会終了後は、さらに豪華になってシドナムに再建された。今で言う、イベントホールやアミューズメントパーク、カルチャースポットなどが合わさったような施設となって、民衆に開放されたのである。しかし、戦争の影響などもあって1800年代末には経営が悪化、1909年にはついに破産、第一次大戦開始の前年1913年には軍事演習場として使われるに至り、かつて夢の宮殿だった水晶宮は悲惨な姿をさらし、ついに1936年に火災で焼け落ちるのである。
この本は、そんな水晶宮の、ドラマのような一代記。文字通りのガラスの城は、栄華の頂点を極め、そして、消え去った。歴史の流れ、人の営みの不思議さ、奇矯さ、もの悲しさが、読み終えたあとも心に残る。