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エマという名の女

「火山に恋して
ロマンス」

スーザン・ソンタグ 
富山太佳夫/訳 
みすず書房


  批評家スーザン・ソンタグの小説と言えば、実験的な手法を駆使したものを想像していたから、史実にヒントを得た、このような壮大でロマンティックな小説であることが、まず第一の驚きだった。いつも寸分たがわぬ正確さで毅然と的を射ていく、彼女の批評文にあるような、刃物のような鋭さは控えられているけれど、でも、文章ひとつひとつに正確な重さをこめながら、真正面から書きつけていくような堂々とした書きっぷりは、やはり、スーザン・ソンタグなのだった。
フランス革命のころ、イタリアのナポリを舞台に繰り広げられる、歴史に残る不倫物語。英国公使であり、ヴェスヴィオ火山の研究者でもあったハミルトン。その美しい妻、エマ。そして、英雄ネルソン提督。この三角関係を彩るのは、贅沢で文化の香り高い貴族の暮らしぶり、サド侯爵、ゲーテなどの華麗な登場人物、そして、エネルギーをたぎらせる火山。小説の楽しみがいっぱいつまっている。
でも、それだけではない。スーザン・ソンタグは、随所に小さな仕掛けをほどこし、女として生きることが必然的に抱えてしまう矛盾を浮かび上がらせ、そこを乗り越えて生きていこうとする者へのメッセージを忍び込ませている。小説の最後の部分を引用しておこう。ナポリの女性革命家、エレオノーラ・ピメンテルのこの激しいモノローグで、この一大ロマンスは幕をおろすのである。

  自分にできる最善のことを遂行しようとすれば、
  自分が女であることを忘却しなければならないこともあった。
  それとも自分に嘘をついて、女であるということが
  いかに錯綜したことであるかを忘れるか。
  女はすべからくそうしている、この本の著者も含めて。
  しかし私は、自分自身の名誉や幸福以上のものに
  眼を向けようとしない人々を許すことができない。
  そういう連中は、自分たちには洗練された教養があると思っていた。
  卑劣だ。地獄に墜ちるがいい。
「ボヴァリー夫人」
フローベール
生島遼一/訳
新潮文庫


  限りない文学的普遍性と魅惑的な世俗性が、完璧なバランスで並存する「ボヴァリー夫人」は、読み返すたびに夢中になってしまう小説。しかも、1857年にこの小説が発表されて以来、熱狂的なファンを古今東西に生み出してきた偉大な小説なのだ。ストーリーはと言えば、面白みのない夫に不満を持ち、平凡な暮らしに死ぬほど退屈したエマが、愛人との情事におぼれて借金まみれになり、どうしようもなくなって毒を飲んで、苦しんだ挙げ句みじめに死んでいくという、今日もどこかのワイドショーでやっているようなお話だ。
そして、バルガス=リョサの「果てしなき饗宴」(筑摩叢書)は、星の数ほどある「ボヴァリー夫人論」「フローベール論」のなかで、もっとも有名なもののひとつである。個人的な熱狂と冷静な分析を見事に融合させたこの本も、「ボヴァリー夫人」と同じくらい私を夢中にさせた一冊だ。
「果てしなき饗宴」には、こうある。「エンマはあくまでも快楽を求め、自分のなかにある奥深い官能の欲望をあきらめとともに押し殺したりしない。シャルル(夫)はこのような欲望が存在することさえ知らないから、彼女を満足させてくれはくれないのだ。さらにまた彼女は、役に立たぬ綺麗な品々、優雅なもの、洗練されたもので生活を充たし、自分の想像力と感性と読書から湧き出してくる美への願望を、そうした物のなかに具体化しようとする」。そして、「エンマの反抗は、ひとつの信念から生れており、これがあらゆる行動の基盤ともなっている。わたしは自分の運命をあきらめて受け入れたりしない。不確実なあの世の約束などは当てにせず、ここで、今、わたしの人生を充分に、完全に、開化させたいのだ、と彼女は考える」。
また、この作品中にさまざまな形で現れ、この作品を魅力的にしている要素のひとつとしての「暴力」を指摘しながら、こうも言う。「人間の人間に対する馬鹿げた行い、ずるい行為など、もっともありふれた暴力の形式があり、これが偏見、羨望、策謀と呼ばれるものになる。こうしたことすべてが背景となって、ちょうど闇のなかに雪が浮かびあがるように、エンマの空想、すなわち自分の夢をずたずたにしてしまう現実の世界とはちがった世界を求める彼女の渇望が、浮かびあがるだろう」。
そして、最後にエマ(エンマ)は、自分で自分を殺すという最大の暴力をふるう。誰もが貪るようにして読まずにいられない物語の最後、エマの死が描かれる箇所。文章から立ち上ってくるその熱が、読む者に、生きる力を与えてくれる。バルガス=リョサの言葉を借りるなら、「わたしを生かそうとして、エンマはこんなふうに死んでくれるのだ」。
「エマ」
ジェーン・オースティン
工藤政司/訳
岩波文庫


  美しいお金持ちのお嬢さん、エマ。若く、何不自由ないエマは、その天真爛漫さでもって、周りの人の恋愛におせっかいを焼く。エマを取り巻く家族や友人たち、ハイベリーの村の人々の人間模様が描かれ、物語は、ころころところがるガラス玉みたいに、きれいで軽快な音楽を奏でる。
訳者の解説によると、この作品が発表された当時は、批判と賞賛が真っ二つに分かれたらしい。シャーロット・ブロンテが私的な手紙のなかで、オースティンが目に見えるものばかりを描いて、人の心や生命や死といった目には見えないものを無視していると批判しているとか、トウェインやロレンスが、エマのわがままで浅はかな人間像に嫌悪を示したんなる俗物的な小説と断じているとあるけれど、こういった批判こそ、まさに、オースティンのおもしろさを言い当てている。
目に見えることだけを描いたからこそ、この小説は普遍性を獲得してしまっている。オースティンは、ごく純粋な小説の楽しみを味わせてくれる稀有な小説家だ。次々とページを繰りながら、愛らしいエマの表情がくるくると変わっているのを間近で見ていると、この音楽が、いつまでもいつまでも永遠に鳴り響いてやまないことを、願わずにはいられない。
「文章教室」
金井美恵子
河出文庫
(写真は福武文庫版)


  東京郊外の一軒家、大学生のひとり娘、中流家庭の平凡な主婦。彼女の名前が絵真なのは、まさにボヴァリー夫人になぞらえてのこと。絵真は、デパートのカルチャーセンターでの文章教室に通う。そして不倫したりしている。
……でも、あらすじを言っても、何らこの小説を説明したことにはならない。この小説中には、いろいろな小説や雑誌からの引用が、ブリコラージュ風に無数につぎはぎされているのだ。この作品が最初に発表されたのは、ニューアカ華やかなりし1985年で、当時の「いかにも」といった文章のかけらたちを読むだけで笑えてしまう。
エマと絵真が似ているかどうかはともかく、登場人物たちに対する作者の愛に溢れた抜群に楽しい小説という意味で、正しく「ボヴァリー夫人」を継承していると言えるだろう。
私の持っている福武文庫版には、巻末に蓮実重彦による金井美恵子インタビューが載っていて、1ページに1回は爆笑させてくれるこの30ページほどのインタビューこそが、小説を読み始めたばかりだった私に「小説とは何か」を、きっちりとたたき込んでくれたのだった。
「私は、エマ・Sを殺した」
エマ・サントス
岡本澄子/訳
書肆山田


  こちらは、エマ・ボヴァリーとも、エマ・ウッドハウスとも、全然違うエマ。エマ・サントスという作者による「私はエマ・Sを殺した」という作品だということからもわかる通り、何よりもまず、書く私と書かれた言葉との間に横たわる深い溝について書かれた小説であり、そして、私小説的な色合いの濃い作品である。
物語は、失敗した睡眠薬自殺の眠りから覚めた日から始まり、約3か月後に、私がエマ・Sを殺した日に終わる。その間に、自殺の直接の原因となった、恋人との苦しかった日々――中絶や精神科病院や自殺未遂や別離など――が、断片的に思い返される。孤独と痛みで貫かれている重苦しい小説なのだが、でもたんに、うまくいかなかった恋愛での心の表現があまりにも率直ということ以外にも、何か簡単には見過ごせない要素を持っているように思える。情熱過多で精神の不安定な女が恋愛をきっかけに錯乱するという、よくありがちな小説とは一線を画すものが、確かにあるのだ。それは、「女の私が書く」ということに必ずついてまわるフェミニズム的なものとも言えるかもしれないし、あるいは「孤独」というものを扱っているからかもしれない。
この本は、訳者によって偶然見いだされ、その強い思い入れによって邦訳の出版が実現されたのだ。実際のところ、この本が私をとらえるもっとも大きな理由は、訳者がエマ・サントスに感じた切実さなのかもしれない。原書が出版された数年後、つまり1980年頃に、エマ・サントスは自殺していて、翻訳が出されたのは1991年。1995年には「去勢された女」という作品も同じ出版社から翻訳出版されているが、こちらには、訳者がこの本を出版した後、エマ・サントスのことを詳しく調べるためにパリへ行った顛末が、長い長いあとがきとして添えられている。フランスでもほとんど知る人のいないような地味な存在のフランス人女性作家が、あえぎあえぎ書きのこした一冊の本に、極東の小さな国から来たひとりの女性の心がつかまれる。そして、作家の残像を求めて彼女がパリの街を訪れる旅は、ミステリアスで、また、サントスの作品と同じような痛みを持ったひとつの小説のようでもあって、深く心に残る。