文 字 の な い 本 

 

「雨、あめ」
ピーター・スピアー 
評論社

子どもたちが庭で遊んでいると、ポツポツと雨が降り出して。大急ぎで家に入ったふたりは、レインコートと長靴はいて、飛び出していきます。
この本には、ありとあらゆる雨の日の遊びがあります。水たまりのできた砂場で遊び、真珠のようなしずくのついた蜘蛛の巣を眺め、すごい勢いで水を飲み込んでいく排水溝を確認し、水たまりに映った自分に手を振り……そして、部屋に戻ってあたたかいお茶をのんで、窓から雨を眺める。
天から雨が注いで、世界がしずくにあふれる、雨の日。そんな雨の日の幸福でいっぱいの、とてもハッピーな絵本です。

  「にちようび」
もとはしさとこ
新風舎

正確に言うと、最初に一行、言葉がある。それは、とても良く晴れたある「にちようび」のことでした、と。そして最初の絵は、散らかり放題の部屋のベッドで眠る女の子。画面いっぱいにペンだけで細かく描かれた部屋は確かに凄まじいけど、でも、その散らかり方には説得力がある。枕元に積み重ねられた本とか、ケースを開けたままのCDとか、カバンからたれさがったヘッドホンとか。部屋ってこういうふうに汚れていっちゃうんだよね、という感じが、忠実に描かれている。
やがて女の子が起き出して、自分でもあまりにもひどいと思ったのか、片づけ始める。この本は、固定されたカメラで、片づいていく部屋をコマ割りで見ていく。それだけなのに、ものすごく面白い。細かく見れば見るほど、彼女がどういうふうに考え、どういうふうに片づけていったのか、無数の物語がある。それは、ごくありふれた、ささやかな物語だけれど、人が人にたいして持つ温かな気持ちを掘り起こしてくれるのだ。
  「庭 A Day in the Garden」
ベッティナ・スティーテンクロン
セーラー出版

英語のサブタイトルがついているけれど、オランダの作家による、文字のない絵本。ちょっとモネに似た色彩。
街角のある家の庭の、朝から夜までが描かれている。いつもと変わらない一日。木にはしごをかけて実をとったり、椅子を出してきて編み物をしたり、裏のポーチでお茶を飲んだり。でも、太陽の光の移り変わりによって、庭はドラマティックに表情を変えていく。目には見えなくても、たくさんの生き物たちの気配が感じられる。庭には無数の物語がある。
  「かさ」
太田大八/作・絵
文研出版
雨の中を歩くのが楽しい理由のひとつは、自分を俯瞰できるような気分になれることだと思う。水の中もそうなんだけど、天と地を結ぶ線が引かれることで、意識が三次元になる。すると、道路という面を歩いていた私は、とたんに、空間のなかに佇む存在となり、水を跳ね上げる足もとも、雨がやってくる遠くの空も、いつもより明瞭に感じられる。
この絵本は、長くて真っ黒な傘をかかえて、駅までお父さんをお迎えに行くお話。モノクロの画面に、そこだけまっ赤な女の子の傘を追う視線が、遠く離れたり近づいたりするのが楽しい。
  「ミツ バルテュスによる四十枚の絵」
R・M・リルケ/序 阿部良雄/訳
泰流社

画家のバルテュスが少年時代にインクで描いた絵。1匹の猫と出会い、我が家まで連れて帰り、少年と猫の暮らしが始まる。はじめはビクビクしていた猫も時間が経つうちに新しい生活にとけ込み、ふたりは心を許し合い、寝ている時も起きている時もいつも一緒に過ごすようになるのだが‥‥。
絵は、もちろん素朴なのだが、その分、猫の存在感がじんわりと伝わってくる。少年の生活のすみずみにまで猫がいて、そのことに満たされている感じが絵によく表れているのだ。
うんと心をこめて書かれたに違いないリルケの序文も、しみじみと良い。「猫たちはただ単に猫たちなのであり、そして彼らの世界は端から端まで猫の世界なのだ」とある。
猫の名前ミツは、日本語の「光」とのこと。日本人の奥さんまでもらったバルテュスの日本好きは、少年時代から始まっていたらしい。

    「たかちゃんとぼく」
「はるにれ」