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「沖縄文化論 忘れられた日本」
岡本太郎
中公文庫 720円
この本に収められている文章が最初に書かれたのは、1960年。まだ占領下だった時代だ。しかし、見事なまでに沖縄の本質が言い当てられているのでびっくりする。最近私たちが気づいた「沖縄にあって私たちにないもの」が、きちんと押さえられているのだ。「沖縄の肌ざわり」「「何もないこと」の眩暈」「八重山の悲歌」「神と木と石」などの、小見出しを見ただけでも、それが十分にわかる。「沖縄」に出会っていく岡本太郎のわくわくとした驚き、本人の言葉を借りるなら「沖縄に恋してしまった」、その感動が、この本の宝。
日本人は日本を本土の内側に、一定の限界としてしか捉えていない。
われわれのまわりには、幅ひろく広がる碧色に輝いた海があり、
そこには充実した島々が無数につらなって、とり囲んでいる。
それを肉体として掴みとっていない。
日本という抽象的な観念、固まった意識からぬけ出し、
かつて祖先が全身に受けとめていた太陽の輝きと、
南から北からの風の匂い、その充実した気配を
血の中にとりもどさなければならない。
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「オキナワなんでも事典」
池澤夏樹/編
新潮文庫 780円
沖縄に興味を持ったら、最初にこの本を手に取ってみるのがいいかもしれない。事典ではあるのだが、冷静客観ではなく、むしろその反対。沖縄への愛着が、自由奔放にあらゆる角度から語られている本だと言えるかもしれない。アマミキョ(沖縄創世の神様)、ヌチドゥタカラ(命こそ宝、の意)、ニライカナイ(異境、の意)、パパヤー(いわゆるパパイヤ)など、耳が踊り出すような響きの言葉も並んでいるし、琉球武術、平和の礎、復帰、紅型なんて言葉も並んでいる。
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「沖縄ウミンチュ 一人追い込み漁に生きる」
中村善栄
河出書房 1365円
「ウミンチュ」というのは、すなわち海人。素潜りで海に入り網へと魚を追い込んでいく、沖縄で始まった伝統的な漁法、アギヤーを続ける漁師が語る一代記が、この本。
海の豊富な資源に浴した戦前から、3度の徴兵、復帰、海洋博。時代が変わり、海が変わり、漁師の生活も変わった。海から見続けた沖縄。素朴な語りのなかに、沖縄の素顔が見える。
ミーカガンという木製の水中めがねをつけて、潮の流れや魚の動きを読みとりながら泳いでいくウミンチュの姿は、ひたすらかっこいい。
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「沖縄女性史」
伊波普猷
平凡社ライブラリー 1260円
(写真は単行本)
沖縄学の父と言われる伊波普猷の女性論集。
この本が最初に出版されたのは1919年。この本の解説者のひとり、比嘉道子はこの本が「日本女性史」という視点でいくつかの著作が著される1930年代にはるかに先駆けていたことを指摘している。
伊波の母は、夫の女狂いをきっかけに神懸かりになり、また、伊波は、世間が許さない恋のために沖縄を捨てた学者である。つまり、沖縄のただ中にいながら、沖縄の外にもいた学者なのである。
学術書に分類される本なのだろうが、不思議な感動がある。それは、その文面に、伊波ののびやかでフェアな精神が表れているからだと思う。沖縄論の古典としてではなく、そんな伊波自身と沖縄そのものに触れるために、読みたい一冊。
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「神々の食」
池澤夏樹 垂見健吾/写真
文藝春秋 1800円
沖縄の食べ物をひとつひとつ取り上げている。黒糖や豆腐、ゴーヤーから、オリオンビール、沖縄そば、ヤギ鍋なども。でも、決してグルメブックではない。特産品紹介でもない。それらの食べ物を通して、沖縄の人々の暮らしや、伝統などが見えてくる。でも、それだけではない。この本でいちばん強く感じるのは、風土のなかで育まれたものを食べる楽しさ、おいしさなのだ。そのおいしさというのは、たとえばデパートの地下でショーケースに並ぶものでは得られない豊かさなのであり、その豊かさに全身で浴していることこそ、沖縄の底力なのだという気がしてくる。
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「沖縄絵本」
戸井昌造
平凡社ライブラリー 2330円
人々、風景、物語‥‥断片的なスケッチとエッセイから、「沖縄」というものの総体が見えてくる。「沖縄は、真剣になればなるほどむずかしいところです。とても私などの及ぶところでないことがわかったので、〈単純な一人の絵かき〉に徹することにしました。とは言っても、エメラルドの海や赤瓦の屋根を安易に描く気には到底なれませんでした」(あとがきより)。
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