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「小さな森の家 軽井沢山荘物語」
吉村順三 さとうつねお/撮影
建築資料研究社
吉村順三は、建築家として優秀だっただけでなく、先生としてもすぐれた資質を持っていたらしい。それは、吉村に学んだ多くの建築家たちが現在活躍しているという事実からだけでなく、弟子たちのエッセイなどに登場する「吉村先生」の姿からうかがえる。吉村は学生たちに向かって、建築家としてもっとも大切なものを伝えようとし、今はもう大御所となりつつある当時の学生たちも、当時受け取ったものをずっと大事に心に抱えて仕事している。そんな師弟関係が伝わってくる文章に、しばしば出会う。
吉村順三の軽井沢の別荘も、吉村の弟子にあたる建築家の文章で出会ったのが最初だった。それからこの本に出会って、みなが驚きと感動をもって語るこの山荘を深く知ることができたのだ。軽井沢という土地との関係の結び方から始まる「建築」というものが持つ無数の要素が、この小さな家にぎゅっと詰め込まれているのがよくわかる。
住む人の心をやわらげ、同時に、美しいものに対峙するときのほどよい緊張感を養い育てる家。森をぬけて遠くからだんだんと近づいて、そして家のなかに入って行き、そして、窓からの景色を眺めたりおいしいものを食べたりしながら家のなかでくつろぐ、そんなゆったりとしたテンポが、この本では、そのまま再現されている。
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「「イグルー」をつくる」 ウーリ・ステルツァー/写真と文 千葉茂樹/訳
あすなろ書房
イグルーというのは、イヌイットの人たちが作る雪の家。今現在、イグルーで暮らすイヌイットはいないということだが、その作り方はきちんと受け継がれている。これは、イヌイットの父と子がイグルーを作る様子を、モノクロの写真と少ない言葉で淡々と記している絵本。
身近な材料を使い、家族の数や用途にしたがって自由な大きさや形で作り、狩りの獲物を求めて移動したあとは、ひとりでに自然に還る。イグルーは、そんな究極のエコロジー住宅なのだ。雪原に建つ簡潔な姿をしたこの住まいの深い魅力を支えているのは、イヌイットの人たちの間で長い時間をかけて培われてきた自然にたいする姿勢、厳しい自然のなかで生きていくことの敬虔な知恵なのだ。
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「9坪の家」
萩原修
廣済堂出版
「9坪の家」の家は、1952年に建築家増沢洵の自邸として建てられた家で、建築家としてのデビュー作であり、当時はまだレイモンドの事務所で働いていたという。竣工当時から国内外で話題になり、今でも住宅建築史に残る名作と言われている。
著者は、かつて新宿にある「リビングデザインセンターOZONE」のスタッフとして、住宅に関するさまざまな展覧会の企画にたずさわっていた。ある時、最近の建築では壁の中におしやられて、その大切さを忘れられがちな存在「柱」にスポットをあてた「柱展」が企画され、柱と梁という木造建築の骨格を示すよいサンプルとして、この住宅の軸組をビルのなかに再現し展示することになった。
人間で言えば、衣服や顔はおろか肉もついてない、骨格標本だけの展示であったが、その美しさは関係者にも、展覧会に訪れた人にも強くアピールした。もちろん、著者も惚れ込んでしまった。そして、展覧会が終わったあとに、この軸組を引き取って家を作る決心をしてしまうのである。
土地もなく、まず柱梁だけがある、という異例の家づくりのドキュメントがこの本、おまけにこの作品は、「最小限住宅」といわれ、3間×3間、9坪という広さ(狭さ)だった。家族の説得から始まり、内側の設計を依頼した小泉誠とのやりとり、生活のスタートまでが、気取りのないタッチで書かれている。この家は、後に大きな賞を受賞し、「9坪の家での実験的な暮らし」という形でマスコミに取り上げられたり話題を呼んだ。
実は、この家の顛末については、もう一冊本が出ていて、それは、萩原氏の奥さんである萩原百合著の「9坪ハウス狂騒曲」(マガジンハウス)という本である。夫の本には建築的なおもしろさがあるが、本音を交えた実際的な部分では、妻の本のほうが、ぐんとおもしろいかもしれない。家づくりにおける夫婦の機微、土地探しのドタバタ騒ぎや小泉氏との応酬など、コミカルな文章のなかに、自分たちの生活を「9坪」というサイズに合わせていくことの楽しさが見える。「何だ、こういう暮らしかたもあったのかと、家に教えられた」と書いてあるが、こういう言葉にこもった実感の深さでは、やっぱり妻のほうが上なのである。
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「小さな家」
ル・コルビュジエ 森田一敏/訳
集文社
1924年にコルビュジエが両親のために建てた、小さな住宅についての本。写真とスケッチ、そしてコルビュジエの文章から成る、小さな家にふさわしい、小さな本だ。コルビュジエの書いた本、そして、コルビュジエについて書かれた本、それらを合わせた無数のタイトルのなかでは、部屋の隅っこにいる小さな子どもといった風情なのだが、だからこそ、誰もが無防備に親しみを感じてしまう愛らしい存在なのである。いや、もちろん、この本も、この家も、建築学的に見て貴重な存在なのだと権威づけする人もたくさんいるのだが、でも私は、あえてそんなことには耳を貸さずに、この本にこめられた親密な空気を存分に味わいたい。
60平米の文字通り小さな家はレマン湖のほとりに建っているのだが、まず設計があって、それからプランに合う土地を探したのだと、最初に明かされている。まるで小さな家をそのままポケットにいれるようにして図面を持ち歩き、方角を確かめながら丘を歩き、風景を確認する偉大なる建築家の姿を想像しただけで、微笑ましい気持ちになる。
そして、続く文章で、まるで訪れたお客さんに説明するみたいにして、家のあちこちについて語っていくのだが、彼の並々ならぬ愛着がそのまま現れているのだ。家の周りにいつの間にか繁った木について語るときも、少ない予算で建てられたゆえに建築後にひび割れが入ったことを正直に告白するくだりでも、ユーモアは失われない。建築を語る言葉のなかで、私はこれほど温かみのある文章を知らない。
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「方丈記」
鴨長明
岩波文庫
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」という書き出しで有名なこのエッセイは、一冊の本というより、一篇のエッセイというべき長さだ。巻末の解説によると長明は2才で母を10才で父を失ったこともあって、若い頃から引っ込み思案で暗く、偏狭な性格だったらしい。文学の才能は若いころから発揮していたが、彼が望むようには評価を得られず、50才で出家したのには、そんなことも理由になったようだ。
エッセイの前半は、この世の事象はすべてはかないものだということが延々と書き連ねられている。花は枯れてしまうし、人は死んでしまうし、家は火事で焼けるし、都は遷都になるし、台風も大地震もくるし……と、グチグチとしつこいくらいだ。けれど、後半、自分の住まいのことを述べるときになると、不思議な魅力を帯びてくる。
京都日野に最後のすみかとして作った家での静かな楽しみ。「老いたる蚕の繭を営むがごとし」とあるが、約3メートル四方の小さな宇宙のなかに、仏様に供え物をする棚や阿弥陀様の絵を飾り、あとは、最小限の食器と本と楽器が配されている。四季の移り変わりを味わい、念仏をとなえる日々の静かな喜びは、決して禁欲的でなくて、むしろ贅沢の極みのような響きがある。それこそが、この「方丈記」が多くの人に愛され続けた秘密なのだろう。
最後は、こんな自分は仏の教えに背いて閑寂に執着しているのではないか、と不安になってまた念仏を唱える、というところで終わる。どうやったって鬱々と悩まずにいられない長明の姿はちょっと微笑ましくもあり、そんな彼だから、小さな生活を楽しむ達人だったのだなと思える。「魚は水にあかず。魚にあらざれば、その心を知らず。鳥は林を願う。鳥にあらざれば其の心を知らず。閑居の気味も同じ。住まずして誰かさとらむ」と、本人が書いている通りであろう。
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