本 を 読 む 人


 図書館で借りた本を読むのが好きだ。誰かが読んだことのある本というのは、私を安心させる。真新しい家よりも、誰かが住んでいる家のほうが親しみが持てるのと同じように。なつかしいような気持ちになりながら、物語を追いかけながら、ページのなかに、かつて読んだ人の痕跡を探してしまう。
 図書館の本の表紙の裏側に並んだ日付のスタンプの列を数えて、自分が何人目の読者なのかを確認するのが、私の儀式になっている。日付と日付の間に流れる日数をたどりながら、推理をめぐらす。私の前に並ぶ読者の気配をスタンプのなかに探す。もしくは、前の読者の日付から、私の日付までの短くはない季節を、どんなふうに本棚で過ごしたのかと、まじまじと本の顔を眺める。
 誰かの手による、ページの余白の小さな書き込みも、ほんの少し私を得した気分にさせる。たいていは、本をつくる過程で見逃された小さな誤植の訂正だ。少々遠慮がちに、でもいらだちを隠しきれない太い鉛筆で、斜めに消された活字の横に書かれた文字。あるいは、著者へのささやかな抗議は、安物のボールペンで。無鉄砲で攻撃的な精神を漂わせながら。あるいは、絵本のページの中のあらゆる秩序を破るクレヨンも、たいていは微笑みとともに許せてしまう。
 不思議なことに、たとえ真新しい本でも、よい本のなかには読む人の気配がある。本への愛情ばかりでなく、本を読む人への愛情がこめられた本を、私たちは「よい本」と感じるのかもしれない。
 読書は孤独だ。本を読んでいる時、私はその世界にひとりきりで、他にも本を読んでいる人がいるなんてことには思い及ばない。だから、何かの拍子に本のなかで「本を読む人」に出会うとき、いつも最初ちょっとびっくりして、それからほろほろと幸福な気分になる。


「本箱」
(発行 本箱編集室
http://www.nk.rim.or.jp/~apricot/honbako/
「本箱」は完売しています )
2002.10