朗 読 の 時 間


 あんまり人には言えないことだけど、「大きくなったら何になりたい?」と尋ねられたときの答を、いくつか持っている。今さらそんなふうに尋ねる人などいないのはもちろんだが、私は用意周到に、答のバリエーションをいくつか用意している。そのひとつに、「本を読んであげる人」というのがある。
 「本を読んであげる人」という言い方もちょっとおかしいけれど、これは誰かに向かって本を朗読してお金をもらう、という職業なのだ。「読書する女」という小説は、まさしくこういう仕事をする女性が主人公で、映画もあわせて私のお気に入りのひとつだ。でも、この小説に出会う前に、私の心の中では、この仕事が妄想として存在していた。電話で予約をとって、その時間に指定の場所へ出向いて行き、その人の目の前で本を読む。お客は「この本を」と指定することもできるし、「何々についての本」という形でリクエストすることもできる。で、30分いくら、1時間いくら、という計算でお金をもらう。
 しかし誰かと一対一になって本を読むというこの仕事は、かなりエロティックな側面のある職業だ。いやらしい本を読んでほしい、と要求する男性客が現れるのは時間の問題だろう。その時どう対応するか。これは長年の懸案事項だったが、その解決策は「読書する女」にあった。主人公を見ならって、意に添わないものは、きっぱりと断ればよいのだ。けれど、と、私は再び悩む。もしそれがバタイユやロレンスやミラーだったら、どうするか。もちろん読むべきだろう。かなりスリルがありそうだが。
 そしてこの仕事の最大のポイントは、価格設定に違いない。人は、朗読の時間に対して、一体いくらまでなら支払うか。出張のマッサージやエステやハウス・クリーニングほどは払わないのが現実だろう。しかし交通費や移動に費やされる時間を考えると、ある程度の額をもらわなくては採算がとれない。
 そこで朗読を商売として成り立たせるために思いついたのは、他の要素とセットにするという方法である。例えば、風俗系のサービスとか、どうだろう。そうすれば、私のもうひとつの妄想の職業である売春婦も実現できるし、一挙両得かもしれない。これはうぬぼれと言えるのだろうが、朗読よりは風俗のほうが、需要がありそうな気がする。
 このようにして、大いなる矛盾を抱えつつ、私はますます妄想の深みにはまっていく。しかし世の中には、この「本読み」の仕事と近いものが、すでに存在している。
 ひとつは「対面朗読」と呼ばれる、図書館などで目の不自由な人などに朗読するサービスだ。決定的な違いは、仕事ではなく、ボランティアだという点にある。開業する前にトレーニングとしてやってみようという不遜なことも、もちろん考えたが、すぐに、このサービスの提供者になるためには、適性とか訓練とかいろいろ必要なのだとわかった。そして、単なる妄想の上に成り立った甘い考えは、即座に打ち消される。
 もうひとつ、朗読家という職業の人も少数いるが、こちらも厳しい芸の世界で、私のような才能も覚悟もない者など受け付けてくれない。もともと自分の声とかしゃべり方に、まったく自信がないだけでなく、何度か朗読してみるとわかることだが、目で文字を追いながら声に出して読むというのは、なかなかに運動神経のいる作業なのだ。30分朗読するというのは、かなりの重労働に違いない。
 というわけで、「大きくなったら本を読む人になる」という夢は、いつも尻すぼみになって消え去る。その時は、ちょっとした挫折感さえ味わう。でも、ほとぼりが冷めると凝りもせず「本を読む仕事」を成立させる方法を、あれこれ画策している私なのだ。


2004.9